疑うことからはじまる。

「射手に土星が入ったら、みんな急に “ベンキョー” とか ”キョーヨー” とか “リューガク” とか言い出すのかな。うはははは」なんて、占星術仲間とげらげらと笑ったような気がする。確か2年くらい前のこと。

いや、でももうそれは別にぜんぜん冗談じゃなくて、「射手に土星が入ったら、いろいろと脳内棚卸をして、いつかやりたいとおもってたベンキョーをしよう」とか改めて考える前に、もうすでに流れはスタートしていた。

秋分の日に「はじめてのアースダイバー」なる企画を敢行させてもらった。それまでひとりでひっそりこっそりやってた自分のディープな趣味を、ご参加のみなさまと共有させていただいたら、いきなり自分の奥の奥のほうに封印してあったスイッチがはいった。

とりあえず、ぱっと目についたり耳にした講演に2つ行った。どちらもたいへんおもしろかった。おおあたり。占いの技術以外の講義にお金を払ったのはひさびさのこと。

生の人間の話を聞けば、本で読むだけではわからない情報がたくさん伝わってくる。本は素晴らしくても、リアルで見ると幻滅することも、ある。発声が悪い。話し方がおちつきがない。声がうすっぺらい。そういう人は、いくら書くものが素晴らしくても、わたしは嫌い。話しているその人が本当に信用に値するのかどうか、品定めするように聞く。

ひさびさに読み始めたのは、漢字学者の白川静シリーズ。とびきり文章が美しい。さりげなく端正で濃密な文章は、漢籍を大量に暗記して、古典を読みつくした大博士だからこそなのだろう。

人々は風土のなかに生まれ、その風気を受け、風俗に従い、そのなかに生きた。それらはすべて「与えられたるもの」であった。風気、風貌、風格、のように人格に関し、個人的と考えられるものさえ、みな風の字をそえて呼ばれるのは、風がそのすべてを規定すると考えられたからである。

自然の生命力が、最も普遍的な形でその存在を人々に意識させるもの、それが風であった。人々は風を自然のいぶきであり、神のおとずれと考えたのである。

白川静 著作集(漢字1)「神話と呪術」

「古代に生まれた漢字は、武力と呪力に関わるものが多い」という話は、なんて刺激的なんだろうか。一気に3000年以上前の古代に想像力が拉致される。難しい。専門的な部分は難しすぎて、ちっとも理解できない。しかしよくわからないけれど、膨大な時間と手間がかかっている考証だということだけはわかるので、それがおもしろい。そして、漢字ってすごいんだな!この人すごいな!そこの部分だけは間違いなくぎゅんぎゅん伝わってくる。

ひるがえって、自分を振り返る。東洋の占いを勉強した。東洋の暦やロジックはとてもおもしろい。理論の整合性をどこまでも追求する中国テイストは美しく興味ふかい。そのいっぽうで、東洋の歴史に苦手意識をもつのは私だけではないだろう。

しかしながら、古典的な東洋系の占いで、それ本当かよ?!と突っ込みたくなるような歴史の話や、古色蒼然とした道徳の話の羅列、俺自慢や他所様の悪口などが続いたら辟易する。「これは占いではなく学問だ」と言われても、ふーんというかんじ。わざわざ言わなきゃならないってことは、そうではない、ってことを露呈するようで、ぜんぜん魅力的じゃない。

さらに言うなら、古典鍼灸の世界も似たり寄ったり、同じようなものだった。最近のことはぜんぜんしらないけど。いや、もちろん名人とか、素晴らしい方ももちろんいらっしゃる。でも、そんなすごいレベルの方々はもうだいたい鬼籍に入られている。

おそらく分野を問わず、東洋系の世界は、簡単なこともできるだけ難しそうに、なるべくご大層に、間口を狭めて、ありがたーいものにして、人口をふやさない、そういう方向性でやってきたんだろう、と感じる。

高校を卒業する時、言われた言葉を思い出す。「この先、何か本を読んだり話を聞いた時に、理解できないことがあったら、自分がバカだと落ち込む前に、そもそもこれを書いたり喋ったりしている人の方が頭が悪かったり、表現の能力が低いんじゃないかと疑ってかかれ。例え教師であっても、人が教えてくれることが、必ずしも正しいわけではない。必ず自分の頭を通して、自分で考えろ」と。

いま読みはじめたのは「孔子伝」で、これまたチャレンジングな著作。なんとも難しいけれどおもしろい。だってどう考えても「儒教・儒学」と聞いただけで、なんだかうんざりするけれど、白川大博士は、孔子は本当に聖人君子だったの?というところから、人間・孔子を考証している。これはおもしろい。しかし異端、らしい。案の定、いわゆる正統な派閥の研究者のみなさまからは、ものすごい批判と攻撃の嵐だったんだって。そうなの?いいじゃん。異端。

「これまで伝統的にそう言われて、みんなそれを信じてるみたいだけど、本当にそうなの?」わたしはいつもあちこちでこの疑問に突き当たる。「だってみんなそうしてるし。そういうものだから」と乗っかってしまったほうが楽なんだろうけど。いや、断る。はなからいろんなことを疑って、生きていく。

そういったあれこれを、これからここ <黒> で書きます。

 

新聞の連載だったとのこともあり、誰でも読みやすい文章で、とても平易でわかりやすい!

  いまチャレンジしてるのはこのあたり。

  ここまでいけるかなー。がんばります。

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