諏訪湖アースダイバー

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日没。諏訪湖畔より(上諏訪)

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約1時間後の同じ場所から。
そして翌朝。

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対岸の下諏訪側からみる早朝の湖と空。

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この場所は、関東富士見100選に選ばれているんだそうです。分厚い雲の間から、ぽっかりと富士山のあたまが覗いていました。真冬に来れば、凍った湖と朝焼けと富士山が見えるのでしょう。(いちど見てみたい気もしますが、そんな季節は寒くて寒くてちょっと躊躇します…)

それにしても、このあたりからも富士山が見えるとは。なんとも意外な感じがします。ここはもうすでに八ヶ岳や守屋山を崇める文化の地で、すでに富士山文化圏ではない、と思っていたからです。

こんな話もあります。むかしむかし、八ヶ岳と富士山が背比べをしたとき、八ヶ岳が勝ったのに富士山が納得せずに暴れて八ヶ岳を蹴飛ばしたのか、何かで殴ったから八ヶ岳の頂上が無くなって八つに分かれて富士山より低い山になってしまったそうな… んまぁ!富士山って乱暴なヤツね。

ってなわけで、こんなところから富士山が見えると、あれ?八ヶ岳と富士山は仲悪いんでしょ?なーんていらん想像をするわけです。(どうやら地質学的には、1万年から2万年前には、本当に八ヶ岳のほうが高い山だったことがわかってるらしいです)

2015-11-05 18.13.30ちなみに、いまから6000年くらい前の「縄文海進」と呼ばれる時期には、現在の内陸部まで大きく海が侵入していたのだそうです。富士眉月弧地帯と呼ばれる地図があります。(図:アースダイバー神社編 第36回 〜週刊現代2015/04/25号 p.77)

つまり、大昔の諏訪湖は、いまよりもっともっとずっと大きかったのだそうです。現在は平地になって人がたくさん住んでいる部分、全部が湖だったとしてもぜんぜん不思議でないです。

古代では水辺の高台に集落や聖地があって、そこに寺社が建てられるようになったそうですから、諏訪の古社である前宮、上社、下社といったあたりまでが湖だったと考えるのが自然でしょう。

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諏訪周辺で最も古い聖地は、諏訪湖の南岸だった守屋山の麓。現在では茅野市の諏訪大社の前宮や神長官守矢史料館があるあたり。

次なる聖地は、そのあとに入ってきた人々による建御名方神(たけみなかた)を祀る上社のあたり。それから、下諏訪の下社のあたりが、最も新しく移動してきた人々の聖地、というおおまかな分布があるようです。

関東平野の平地かなりの部分も海の底だったとか。その頃、海に突き出した岬だった高台はあの世とこの世の境のようなものとみなされていて、関東の古社はたいがいそのような古代から続く聖地にある、という壮大なスケールの話に魅せられます。

このあとは、諏訪最古・最強?!といわれる磐座を訪ねた記録です。(続)

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