2018年3月1日 預言カフェ

2018年3月1日 預言カフェ この日は紅谷柘榴先生 →★ と一緒でした。

ここに行く前に、柘榴先生の命名アイデア出しにおつきあいして、今後の方針とかメニュー作りみたいな具体的な詰めの話をしていました。

乙女満月の日で、だいたいこんな図のときじゃないかとおもいます。

何かに備えてとことん考え抜いたり、とことん仕込むことは必要だけれど、想定外のことはいつでも起こるから、ただ準備するだけでは足らない、とわたしはいつも思っています。

綿密にこれだけ準備したのだから、想定外のことが起こっても、あとは手を離してどうにでもなるさ、というゆるみとかどーにでもなれという遊びの部分も、人生やものごとには必要なんじゃないかなー。

そんなことをずっと考えていた。

私宛の預言はこんな感じ。ひさびさにぐっさり刺さりました。

思いやり深く、広い心で受け入れる。細かいことにとらわれたくない。いろいろあるけどそれはそれでいいよ。あなたが広い心で受け入れているので、あなたがそうだからこそ、自分では不得意、できない、どうしようという時にもちゃんと豊かな助けを与えます。

皮一枚で繋がってきたような、細いロープの上を歩いてきたような、どちらに倒れてもおかしくない、命さえなくなってしまうのではないかというような厳しい状況を、あなたが勇敢に乗り越えてきた、それはあなたを大いに鍛えた。

くじけて怯えて帰ってしまうのではなく、行くしかないでしょう?と自分を奮起させ、自分をかきたてるので、前に進むことができた。鏡の中に映った涙の顔も笑顔に変えられた。あなたの意志、意欲、目標があるから、そこにあなたは結び付けられた。

他の人をよく助け、よいアドバイスを与えている。他の人たちは聞いていないようにみえても、あなたの日常の中の小さな言葉が、その人の心の中に深く深く沈んで、心の奥に蓄えられている。種が土の中に埋められて、やがて芽を出すのと同じように、今はなんの芽もない。何もない。やったことは何も見えない。種は鳥に全部食べられてしまったように見えるけれど、やがて芽を出して大きな実りがある。

あなたがそれを信じ、待ち望み、そこに水を注ぎつづけるならば、やがてそれが想像だけはなく、ただの空しい期待ではなかったことを知るでしょう。

それには忍耐が必要です。実に簡単なようにみえて、希望を持つということは、非常に厳しい。生死をかけた戦いのように厳しい。全部を捨てたくなるような、全部を壊したくなるような誘惑は大きい。

しかし勇敢でありなさい。私はそれをあなたに与えると約束した。あなたがそれを受け取る時に、あ、こういうことのためにこれを受け取ったのかと知るようにする。

趣味や自分の楽しみをどこかケチに考えてしまう。楽しいことはない、というように、好きなものは食べちゃいけない、みたいなように「人生は厳しいものだよね」と自分で勝手に同意してしまった思いから離れるべきです。

わたしはあなたがじゅうぶんにたのしみ、じゅうぶんに暴れる(笑)、のびのびすることを与えます。厳しく真面目で我慢することから、あなたをきょう、自由にしていきます。

2018年3月1日 @預言カフェ

そうなんですよね。希望を抱くことは疲れる。めんどくさい。しょっちゅう裏切られ、たいがいのことは思い通りにはならない。だったら最初から希望など抱かないほうがいいじゃないか。ときどき心底そう思うこともあります。

それでもときどきお客様からこんな言葉をいただけることもあったりして、やっぱり続けててよかった、とおもうこともあるのです。ありがとうございます!

というかんじで、日々「もうしんどいやめたい」と「少しでもお役に立って喜ばれることがあるならもうちょっとがんばるか」と「他にできることもないし、このままいくしかないんじゃね?」のあいだをぐるぐる周りながら生きています。

そして、自分をギリギリまで追い詰めないと、生きてる感じが得られない、というのもまた事実です。そんなやり方、いつまでも続けられるとはとても思えず、そのままではただただ生きてるのは疲れること。生きてるってめんどくさい。そろそろ自分のキャパシティが満杯で、いろいろ手放していかないともう首が回らない、と思っていました。

そして物理的に本当に首が回らなくなる、この月末に…orz
さらにその翌月には、手が回らなくなる。マジか…orz
いったいどうなることでしょう?

※ 昨年の振り返りはこちら!

2017/11/12 記録を取って検証しよう!の巻(預言カフェ)

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